児ポ法・児童ポルノ禁止法~性的好奇心~
新聞報道によると、与党プロジェクトチームが児童ポルノ禁止法の改正案をまとめました。
内容は、個人的に収集所持する「単純所持」を原則禁止し、性的好奇心を満たす目的の場合は、「一年以下の懲役または100万円以下の罰金」の罰則を科すというものです。
ここで、児童ポルノ禁止法問題に新たな問題が持ち上がってきました。それは「単純所持」における「性的好奇心」の問題です。所持者に「性的好奇心」があるかどうかで、処罰されるかどうかが決まってしまうわけですから、これは極めて重大な問題と言わざるを得ません。
与党案どおりに、児童ポルノ禁止法が改正された場合、所持者の性的好奇心の有無が、単純所持の裁判における大きな争点の一つになることは間違いないでしょう。
しかし、実際の裁判になった場合を想定すると、様々な問題が発生することになります。
まず、「性的好奇心」とは何でしょうか。「性的好奇心」と性的でないただの「好奇心」の違いはどこにあるのでしようか。立法するのであれば、明確な定義づけが必要です。
所持の目的が「性的好奇心」によるものかどうかを、どのように立証するのでしょうか。現行法で禁止されている販売目的の所持ならば、準備「行為」の存在によって立証することができます。しかし、「性的好奇心」という個人の内面を、万人が納得できるように立証することができるのでしょうか。
現在の刑事裁判でも、殺人事件で殺意の有無が争点になります。日常では起こりにくい殺人という重大な行為ですら、被告人の心理を推測することが難しいのに、所持という極めて軽微な行為の心理を明確に立証することができるのでしょうか。
「性的好奇心」の有無は、あくまでも個人の内面の問題です。それによって、「単純所持」行為自体には、明確な差が発生する訳ではありません。被撮影児童にとっても、所持者の内面までは知ることが出来ないわけですから、児童に対する権利侵害が仮にあったとしても、「性的好奇心」の有無による差はほとんどないと言っていいでしょう。
(単純所持の場合、被撮影児童は所持者の存在すら認識できないので、児童に対する権利侵害は発生しないと私は考えています。)
このように、「性的好奇心」の有無による児童に対する権利侵害の大きな違いが存在しないのに、どうして処罰において明確な差を設ける必要があるのでしょうか。「単純所持」の犯罪性を主張するのであれば、所持者の内面の差によって区別する必要はないはずです。
以前より、単純所持の犯罪性については疑問を述べてきました。与党の改正案は、「性的好奇心を満たすため」という理由を無理やりこじつけて、「単純所持」を犯罪とみなそうとしているとしか思えません。むしろ、「単純所持」に犯罪性がないことを自ら、証明しているとしか思えません。
個人の行為ではなく、個人の内面の心理の差によって、処罰されるか否かが決定されるのは、思想信条の自由を保障した憲法に違反するのではないでしょうか。



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